私が初めて触れたクラシック音楽のレコードは、おそらく、座右宝刊行会編『世界音楽全集第6巻 ベートーヴェン1』(河出書房、1967年)という本に同梱されていたものです。産まれてから小学校に入るまでの期間において、自宅に唯一あったクラシックのレコードがこれでした。
幼児であった私は、表紙のベートーヴェンが怖くてたまりませんでした。本から抜け出して私を襲ってくる幻覚をしょっちゅう見ていました。
曲もただひたすら怖かったです。音もすごく悪かった記憶があり、それが怖さに拍車をかけていたような……
ところで、この世界音楽全集シリーズ、当時まだあった教養主義の風潮の中で刊行されたものなのでしょうね。主要な作曲家の人生と作品を豊富な写真とともに紹介する本文(啓蒙の情熱に満ち溢れた文章の熱量が凄いです)と、その作曲家の曲をおさめた2枚の7インチLPがセットになっております。
さて、ずいぶん前に全巻セットをヤフオクで見つけ、つい興奮して購入したものがこれ。
購入したのはいいのですが、今の自宅にはプレーヤがないので、レコードは聴かれないまま放置されていました。
今回、サウンドバーガーを購入したので、聴けるようになりました。早速聴いてみましょう。
収録されているのは、ベートーヴェンの交響曲第5番とコリオラン序曲。演奏は、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 です。
ただ、収録されている演奏そのものは、CDで所有しております。ですから、50年ぶりにあの思い出の演奏と再会……といったドラマティックな話にはなりません。
ただし、CDとレコードには重要な相違点があります。それは、CDの演奏がモノラルであるのに対し、レコードの演奏は擬似ステレオであるという点です。
現在はすっかりすたれてしまいましたが、当時は、モノラルの演奏をステレオ化し、聴きやすくして販売するということがよく行われていました。この擬似ステレオの効果を確認してみたかったのです。
それではスタート!
記憶の中の演奏と同じく、音が悪いですね・・・。
7インチのレコードに、33回転の速度で長時間の演奏を詰め込んでいるので、とてもじゃありませんが、ハイファイとは呼べないしろものになっております。
また、残念ながら、第2楽章の第1変奏終盤あたりで1回、針飛びしてしまいます。
そこで、ヤフオクでこの巻だけを安価でゲットし、聴いてみました。
うーん、針飛びはないのですが、今度は反りがひどく、息の長いフレーズでは音揺れが目立ちます。
さて、どうしましょう。このまま、良い音盤に出会えるかわからない世界音楽全集を探し続けるべきでしょうか。少なくとも私にはその根性はありません。でも、針飛びも音揺れもない演奏を聴きたいという欲求は抑えられません。
そうだ、同じ擬似ステレオ・ヴァージョンを12インチのレコードに収録したものが本家EMI(当時はエンジェル・レコード)から出ているはず。そちらのほうが音も良いはずです。
というわけで、ヤフオクで探してゲット。さっと探せてすぐにゲットできるなんて、幸せな時代ですね。
さあ、聴いてみましょう。
なかなか良い状態の盤で、針飛びもなく、反りもなく、ストレスなく演奏に浸ることができました。
擬似ステレオについては昔から賛否両論ありますが、僕は、擬似ステレオ、好きですね。
純粋に音質だけを見ると、加工前のモノラルのほうが良いと思います。
でも、演奏の特徴は擬似ステレオのほうが把握しやすいような気がします。いつものカラヤンらしく、颯爽としたテンポを基本にとりつつも、聴き手がかなり意識しないと気づかないくらいに、テンポを要所で微妙に変化させ、自然な流れをアーティフィシャルに作り上げており、実に見事な演奏なのですが、この凄さは、擬似ステレオ・ヴァージョンのほうがより伝わりやすいように思いました。
というわけで、音質を楽しみたいときはCD(いや、リマスタリングされた演奏をおさめているサブスクのほうかな? このページのトップにリンクを貼ってあります)、演奏を楽しみたいときはLP(運命は12インチ、コリオランは7インチ)で聴くことにしましょう。