はじめに
2024年に発売されたクラシックのアルバムの中でオススメのものを紹介するブログです。
何も考えないとハイドンばかりになってしまうため、なるべく多彩になるように頑張ってみました……が、やはりハイドンが多くなってしまいました。
第1位 潮田益子 (Vn) 、森正 (指揮) 、 日本フィルハーモニー交響楽団
チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲
バルトーク: ヴァイオリン協奏曲第2番
TWSA1180
- 潮田益子がデビュー当初に録音した盤の復刻。とても優れたリマスタリングで、心地よく聴ける音に仕上がっている。潮田も、森正の指揮による日フィルも、いたずらに個性を主張せず、曲そのものに耳を誘う真摯な演奏。ぜひ聴いてみてほしい。
第2位 宇野功芳 (指揮) 仙台フィルハーモニー管弦楽団ほか
ベートーヴェン: 交響曲第7番ほか
OVEP00032
- 宇野氏の音楽評論を長年愛読してきたが、指揮するのを聴いたのは初めて。仙台フィルを指揮したベートーヴェン交響曲第7番から聴き始めたが、あまりに素晴らしいためこれを繰り返し聴いてしまい、先に進めない。
- フルトヴェングラーの演奏に非常に影響を受けている感じの演奏だ。パクリと非難する人もいるかもしれないが、私は「良き楽譜解釈の継承」だと肯定的に捉える。多くの人がフルトヴェングラーの演奏に感動している。しかしフルトヴェングラーはもういない。そうであるならば、誰かが彼の解釈を継承すべきではなかろうか。宇野氏の第7番は、見事な継承の例だと思う。フルトヴェングラーの演奏解釈だけでなく、近衛文麿のスコア改訂も一部継承していて、これがまた効果的だ。このCDを聴いて感動した若い世代から、一人でも、宇野氏のメッセージを正面から受け止めて、さらに継承してくれる人が出てきますように。
第3位 藤田真央 (p)
ショパン:24の前奏曲
スクリャービン:24の前奏曲
矢代秋雄:24の前奏曲
SICC-30894
- 世界初録音の矢代秋雄めあてで購入したのだが、アルバム全体のコンセプトが面白い。3編ともすべて、ハ長調→平行調のイ短調→五度上のト長調→平行調のホ短調……という配列になっており、かつ、3編はおおよそ50年のインターヴァルをおいて公刊されているという特徴を持っている。
- 矢代秋雄の曲は、楽譜をみながら聴いてみた。「草稿」であるせいか、スラー等のアーティキュレーションを示すものがほとんどないし、強弱の記号も大雑把だし、ペダル記号もないし……ということで、これを演奏するには相当の解釈が必要だと思うが、藤田氏は紹介者としての役割を十分に果たす演奏をしていると思う。今後、さまざまなアプローチを試みる多数の演奏家が登場することを願う。
第4位 クラウス・テンシュテット (指揮) ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団ほか
マーラー: 歌曲集「子供の不思議な角笛」
TDSA10017
- ルチア・ポップの声は再生が難しいという印象があった。これまで彼女の声が入ったアルバムを数多く聴いてきたが、若干の歪が感じられることが多かったのだ。実演を一度聴いたことがあるが、全く歪はなかったので、これは再生装置の問題なんだろうとあきらめていた。ところが本盤は、記憶にある生歌と同じく、全く歪んで聴こえない。録音スタッフとリマスタリングのスタッフにただひたすら感謝である。
第5位 ヘルマン・アーベントロート (指揮) ライプツィヒ放送交響楽団ほか
ハイドン:交響曲第88番
ブラームス:交響曲第1番 ほか
HACE001
- アーベントロートがエテルナに録音した音源のリマスター盤をセットにしたもの。大昔にハイドンやブラームスのCDを聴いて感動したものの、聴きにくい音質だなと思い、聴かなくなっていた。数十年ぶりに聴き直したが、このリマスター盤は素晴らしい。バックグランドノイズが著しく少なくなり、ヴァイオリンの音もかなり瑞々しくなるなど、とても聴きやすい音質で、凄い演奏そのものに集中できる。
第6位 シトコヴェツキー・トリオ
ベートーヴェン: ピアノ三重奏曲第1番
ベートーヴェン: ピアノ三重奏曲第5番「幽霊」
BISSA2699
- BISレーベルらしく、SN比の良い、部屋の空気が清浄になる錯覚をおぼえさせる優良録音。演奏もオーソドックスだが非常に洗練されたもので、聴きやすい。
第7位 飯森範親 (指揮)、 日本センチュリー交響楽団
ハイドン: 交響曲第82番ハ長調「熊」
ハイドン:交響曲第86番ニ長調
ハイドン:交響曲第87番イ長調
OVCL-00849
- 交響曲全集の第24弾。今回は、私の大好きな82番が収録されていて、シリーズの中でもリピート回数が多い。
- ハイドンの交響曲をまとまって演奏するプロジェクトは現在非常にたくさんあって、2024年も、アントニーニの全集プロジェクト第16集、フィッシャーの後期交響曲集プロジェクト第3-4集、ヤルヴィのロンドン交響曲集第2集など、高水準のアルバムが多数リリースされた。これらを挙げるだけでランキングが埋まってしまうほどだ(笑) これらの中で飯森盤を挙げたのは、知的抑制がきいている演奏だからだ。
- 上に挙げた演奏はいずれも、現代の演奏らしく、アーティキュレーション、デュナーミク、楽器間の音量バランスなどに神経質に気を配り、細かい仕掛けを多数施している。演奏の仕掛けの多さを楽しみつつも、心の片隅で「ちょっと自己主張が激しすぎないか?」とか「本当はもっとおおらかな演奏が好きなんだけど」とか「やっぱビーチャムがいいなー」とか思っている自分がいる。飯森盤は、細かい仕掛けが多数あるけれども、さほど自己主張が強いとは感じさせない。ウイットに満ちているけれども穏やかな話し方をキープする人のようなものになっている。これはつまり、ハイドンの曲にぴったりはまっているということだ。
第8位 デレク・ソロモンズ (指揮) 、 レストロ・アルモニコ
ハイドン: 交響曲第39番 ト短調ほか
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*amazon musicではセットになっていないので、1枚目にあたるものにリンクを貼ります。
- 中高生の頃におそらく第39番をFMで聴き、その美しい音質に魅了された記憶がある。今回発売されたセットを聴いたが、SN比の良い透明度の高い録音は現代でもなお上級に位置づけられる。
- 演奏スタイルはホグウッドのモーツァルト交響曲全集と同じで、リピート記号がある箇所はすべてリピートするというもの。リピートが嫌いな現在の私にはかなり煩わしい。オケのレベルは過渡期のもので、ホグウッドのモーツァルト交響曲全集の時よりもレベルが多少上がっているものの、現代のピリオド楽器演奏団体には及ばない。
- それでもやはり、この演奏を無心に聴いていると心が和む。現代からみると中庸で素直な演奏で、演奏者による多彩な仕掛けをキャッチしようと身構える必要がなく、録音の良さもあいまって、リラックスしてハイドンに浸ることができるからだろう。かつてホグウッドのモーツァルト交響曲全集やハイドンの交響曲全集(未完)を夢中で聴いた世代の方には文句なくお勧め。
第9位 エリーザベト・レオンスカヤ (p)
ベルク、シェーンベルク、ウェーベルン: ピアノ作品集
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- 2024年はシェーンベルク生誕150周年。誕生日の9月13日に発売されたのが本盤。
- 手元に楽譜がある、シェーンベルクのピアノ組曲作品25を聴いてみた。従来の演奏と比較して概してテンポが遅い。テンポを落として精密さを極めようとしているのかというとそうでもなく、強弱の変化をさほどつけなかったり、スフォルツァンドを鋭く弾かなかったり、スタッカートをスラ―にしたり、三連符を十六分音符2つ+八分音符風に弾いたり、アッチェレランドやリタルダンドの指示に従わなかったりする箇所が少なからずある。楽譜通りの箇所も多いが、楽譜に忠実に演奏するか否かの判断基準が、一聴しただけでははっきりしない。
- 以上のように書くとひどい演奏のような印象を与えるかもしれないが、実際はむしろ立派な演奏に聴こえる。私には晩年のバックハウスの演奏と似ているように思える。彼の2回目のベートーヴェン・ソナタ全集では、楽譜にあまり縛られず自由に弾いているが、楽譜を見ずに聴けば非常に感銘を受ける演奏になっている。彼は、長年の演奏実践に照らした省察により、楽譜を超えた曲の再創造をしているのではないか。本盤も、曲を知り尽くしたレオンスカヤが、演奏を通して曲の再創造をしている可能性がある。現時点では結論を出せないが、真剣に向き合うべき演奏だと直観したのでここで挙げさせていただいた。
第10位 ヨハネス・クルンプ (指揮) 、 ハイデルベルク交響楽団
ハイドン: 交響曲全集 Vol.32~35
KKC6884
- トーマス・ファイ指揮のもとで始まったハイドン交響曲全集プロジェクトだが、ファイが倒れ、コンサート・マスターによる指揮に移行し、さらにクルンプ指揮に移行し、なんとかプロジェクトを完遂した。本盤はまさに血と汗と涙の結晶である全集の最終巻となる。
- 全集が完成したことを喜びたいのだが、気になる点が一つある。全集シリーズの通算番号が表示されている盤には第101番が含まれていないのだ。ロンドン交響曲集だけ括りだされて特別発売された時には収録されていたのだが、そのとき私は、全集の通算番号が表示されている本来のシリーズにもいずれ収録されるだろうと思い、スルーしてしまった(他の11曲はすべて持っているのでもったいないと思ったのです)。残念ながら、そのような期待は裏切られ、しかも、ロンドン交響曲集は廃盤となり、今は買えない。サブスクで聴けるとはいえ、私のCD棚はこのままだと永久に全集が完成しないので、困っている。
- 全部を聴く時間はないので、とりあえず、私がこよなく愛する第77番を聴いた。いつも通り、シャープでクリアーな演奏と録音で、聴いていて楽しい。ただし、あらゆるリピートを実行しているのは疑問。ファイ時代は、リピート時にかなり大胆なアドリブを加えていたので面白かったのだが、現在はアドリブがほぼゼロなので、退屈してしまう。
- 第1楽章では、通常は八分音符の音価で奏される装飾音符がすべて文字通り装飾音符として短い音価で奏されているため、非常に新鮮に聴こえる。すぐには慣れないが、素人ピアノ弾きの私もハイドンのピアノ・ソナタを弾く際にこの奏法を実践しているところなので、いずれ馴染むだろう。