ベートーヴェン 交響曲第9番 ブロムシュテット&N響

ベートーヴェン:交響曲第9番

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK交響楽団

シモーナ・シュトゥロヴァ(ソプラノ) エリーザベト・クールマン(アルト)

ホエル・プリエト(テノール) パク・ジョンミン(バリトン)

東京オペラシンガーズ

[2016年12月21日 NHKホール(エアチェック)]

ブロムシュテット89歳。かくしゃくとしていらっしゃるようだが、やはり「次の機会」があるかはわからない。そのせいだろうか。N響の第9といえば国立音大生が合唱を務めるのが恒例だが、今回はプロ。独唱も全員外国人。オケの人達も、いつも以上に気合が入っているようにみえる。

 

使用している楽譜はおそらくベーレンライター版。私はこれまで、ベーレンライター版を使用した演奏に心の底から感動することができなかった。ベートーヴェンが当時の楽器の限界を考慮してフレーズを作っていないため、旋律線がなだらかにつながらないところが気に入らない(慣習版では、楽器の進歩に合わせ、うまくつながるよう作り変えている)。また、ベーレンライター版を使用する指揮者はたいていオケの編成を小さくするため、壮大さに欠ける。ガーディナーしかり。ジンマンしかり。ヤルヴィしかり。結局のところ私は、ワーグナー風にお化粧された慣習版への郷愁をぬぐうことができないでいたのだ。

 

ところが今回の演奏は違う。初めて、ベーレンライター版の演奏でも問題なく聴けた。問題なく聴けたどころか、おおいに感動した。それはひとえにブロムシュテットのおかげであろう。とにかく、各楽器間の音量バランスや、個々のフレーズのアーティキュレーション、デュナーミクに気を使っている。そのせいで、ベーレンライター版を用いた演奏では気になりがちな箇所が気にならない。

 

たとえば第2楽章主部のクライマックスで、突如ヴァイオリンが1オクターブ下がるという(276小節)不自然な箇所も、通常だと埋もれてしまう木管群(こちらはオクターブ下がらない)がしっかり聞こえてきて、うまくフレーズがつながっている。音量バランスのとり方が巧であることの証である。

 

また、楽器間のフレーズのやり取り、対位法的、対話的やりとりがいたるところで明確に聴き取れた。フレーズは概して短めに切られるが、ジンマンのようにあざとく切るのではなく、ごく自然に切っている。フレーズの切り方がうまいということは、つまり、フレーズの入りが揃うだけでなく、終わりもきっちり揃っているということだ。N響の優秀さを意識させられた。このようなアプローチは合唱にも徹底されていた。例えば"Seid umshlungen, Millionen!"の「ミーリオーネン」がはっきりと「ミーリ・オ・ネン」と区切って歌われ、はっとさせられた。

 

とにかく「棒読み」をしている箇所はどこにもないと言えるほど、あるときは小刻みに、あるときは息長く、アーティキュレーションやデュナーミクが有機的に変化しているのが素晴らしい。独唱者の中では、バリトンのパク・ジョンミンが良かった。明晰さと柔らかさを保持した絶妙な声で、オペラのようにではなく、リートのように歌っていた。ブロムシュテットの演奏コンセプトにぴったりマッチしていたと思う。

 

というわけで、エアチェックしたこのブルーレイ、永久保存版とします。

[中川孝博 2017年1月4日記]