はじめに
2025年に発売されたクラシックのアルバムの中でオススメのものを紹介するブログです。
最近は中古で購入したLPばかり聴いているので、新発売のアルバムを10枚挙げられるのか心配でしたが、なんとか挙げられたので一安心です。参考にしていただければ幸いです。
第1位から第10位までは、私がとりわけ感動したもののランキングです。
その下には、その他紹介したいアルバムとして7枚挙げております。これらには順位をつけておりません。
第1位 ベアトリーチェ・ラナ (ピアノ) アムステルダム・シンフォニエッタ
J.S. バッハ:ピアノ協奏曲第1,2,3,5番
WPCS-13875
- これは素晴らしい! バッハのチェンバロ協奏曲をピアノで弾く意味がある?と思っている輩を問答無用でねじ伏せる凄演ですね。ピアノはスタインウエイです。
- 完璧なノン・レガート奏法をもって超高速で弾くため、チェンバロと比較したピアノの音色の重さをほとんど感じさせません。そして、高速であるにもかかわらずニュアンスに富んでいます。特に、チェンバロでは絶対に表現できない、クレッシェンドとデクレシェンドの細かな設定(当然、楽譜には記されていないので、すべて奏者の創造)が巧みで、これに慣れると、他の演奏がすべて単調に聴こえてしまうほど。
- 下にMVのリンクを貼りますが、これはダイナミックス・レンジを狭くリミックスしているもので、演奏の良さが十分に伝わっていないのが残念。ぜひ、サブスクかCDかLPを聴いてください。
MV: バッハ:Bach: Keyboard Concerto No.3 in D Major, BWV 1054
第2位 ミルガ・グラジニーテ=ティーラ (指揮)、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ほか
ヴァインベルク:歌劇「白痴」
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- 2024年ザルツブルク音楽祭のライブ。ドストエフスキーの小説『白痴』をオペラにしたもの。この曲を初めて聴いたが、ショスタコーヴィチの「ムツェンスク郡のマクベス夫人 」と同程度に通常のレパートリーになってほしい傑作だと思った。演奏も演出も圧倒的で、観客も興奮気味である。
- お恥ずかしながら、ヴァインベルクの音楽をまともに聴くこと自体、今回が初めて。基調はショスタコーヴィチ風だが、オーケストレーションはショスタコーヴィチのように原色を際立たせるだけでなく、より繊細に色を塗り重ねる場合も多く、ここぞという場面以外はそれほどどぎつくなくて聴きやすい。ティーラ氏の指揮は手堅く、ウィーン・フィルの美音は相変わらず。歌手もむらがなく、聴いていて危なげのない安定した高レベルの演奏だと思う。
- 『白痴』の登場人物はかなり多いが、当然ながら、このオペラではかなり刈り込んでいる。少なくとも今回の演出では、ムイシュキン(熱演でした)やロゴージンという男性陣よりも、ナスターシャやアグラーヤという女性陣により焦点をあてていたように思う。ナスターシャについては、尊厳を踏みにじられた人間が悪しき環境から抜け出せたとしても簡単には心の平静を得ることができないという側面を体現していたように思う。ムイシュキンとロゴージンとの間を行ったり来たりするのは「試し行動」の一種かもしれないと感じた。アグラーヤについては、家から独立するための選択肢は結婚しかないという状況のもとで自己の独立と尊厳の維持のために傀儡としてムイシュキンを選択しているように感じた。根本的なところで他者を愛していないため、ナスターシャとの対決では、一瞬でも逡巡するムイシュキンの行動を侮辱と捉え、自尊心を保つために立ち去っているようにみえた。二人とも、他者を信じることが十分にできないことが悲劇を招来しているように感じた。
- 今回の演出は上記のように大変考えさせられるものだったが、男性陣に焦点を当てる演出もみてみたい。今回の演出でも、自ら書いた数式の上にナスターシャの写真を重ね合わせるという演出により、数式と同じような感覚でナスターシャに関心を寄せている、つまり、美しさがポイントであることを暗示し、ムイシュキンの異常性を示していたが、それにとどまっているようにみえた。また、ロゴージンにはとりたてておもしろい演出はなかったように思う。個人的には、江川卓の名著『謎とき白痴』において示された仮説(2人はいずれも性的に不能だったという仮説)に触れ、この仮説は2人の謎の発言や行動をうまく説明できているような気がしているが、そのような側面を表出する舞台も見てみたい。
第3位 マーメン四重奏団
リゲティ: 弦楽四重奏曲第1番「夜の変容」&第2番、バルトーク: 弦楽四重奏曲第4番
BISSA2693
- リゲティの弦楽四重奏曲第2番は、ラ・サール・カルテットの古い盤を持っていて、他の盤は不要と思ってしまうほど愛聴してきた。ところがこの盤、おおいに魅了されてしまった。今後、ファースト・チョイスはこちらになると思う。これ以上はないのではないかと思えるほどの精緻なアンサンブル、ピアニッシモからフォルテッシモまでのデュナーミクの幅広さと強弱の急な交代への対応力、弦の音色の美しさ、録音の美しさ(特に無音時の静寂さと空間の豊かさ)などなど、賞賛することしかない。
- リゲティの弦楽四重奏曲第1番も、バルトークの亜流などと評させない多様な要素を表出していて、曲の新しさと魅力を存分に伝える名演。バルトークの第4番も秀演。リゲティの第1番の後にバルトークを聴くと、ああ、バルトークは古典なんだなと感じさせられて興味深い。
MV: Bartók - String Quartet No. 4, V. Allegro molto
第4位 ノ・イェジン(ピアノ)
ラフマニノフ:24の前奏曲集
NCMK9025
*今のところAmazon Musicにはアップされていないようです。
- ラフマニノフの前奏曲全24曲が揃ったディスク自体さほど多くないし、女性ピアニストによるものとなると本当に少ないと思います。そのような状況の中で新たに全曲録音が加わったのは大変喜ばしいことです。楽譜をみながら聴いてみましたが、非常に正確にリアリゼーションしていると思いました。音がよくほぐれていて各声部が団子にならずクリアーに聴きとれるので、曲をよりよく理解したような気にさせてくれます。万人にお薦めできるオーソドックスな演奏ですね。
- 2025年9月27日、タワレコ渋谷店にてミニコンサート&サイン会が開催されたので、行ってきました。24の前奏曲中、14曲も演奏してくれました。全て暗譜です。難曲ばかりだというのに、私が聴いた限り、明らかなミスタッチはなく、ほぼ完璧な演奏でした。演奏のフォームが模範的なものであることも確認できました。演奏は、CDよりも、デュナーミクもアゴーギクも幅が若干広くとられていて、ライブならではのノリが感じられました。
- 曲と真摯に向き合い、良い曲を聴いたと心から満足させてくれる素敵な演奏をしてくれるピアニストなので、多くの方に知ってほしいですね。ライブ終了後に2人の見知らぬマダムが私に近寄り、この素敵なピアニストは誰かとお尋ねになったので、名前を書いてさしあげました。
第5位 クリスティアン・ティーレマン(指揮)、ウィーン国立歌劇場管弦楽団ほか
ワーグナー:歌劇「ローエングリン」
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- 2024年5月5日、ウィーン国立歌劇場でのライブ。ウィーン国立歌劇場管弦楽団の美音はもう本当にほれぼれする。ティーレマンの指揮も意外にきびきびしていて演出とよくマッチしているように感じた。歌手もムラがなく、主要人物すべてが素晴らしい。特に、高速パッセージでややもたることの多いオルトルートやテルラムントが、ここでは全くもたらないので、聴いていて気持ちがよい。というわけで、このディスクは現代における最高水準のローエングリンではなかろうか。
- 実は私はローエングリンが苦手だ。その最大の原因がエルザとローエングリンのキャラにある。エルザは妄想にとりつかれた狂信的な人物にみえるし、ローエングリンは一定の役割を果たすための道具にしかみえない。したがって、これらのキャラの台詞や行動ひとつひとつに疑問符が付き、楽しめないのだ。そんな私にとって、この演出は一つの合理的な解決策を示しているように思えた。
- 本演出は、エルザを実際に弟を殺害し、オルトルートは本当にそれを目撃している(第1幕前奏曲の最中に示される)。この設定は、エルザのキャラを一変させる。例えば、巡回裁判において無実のエビデンスを示さずに夢物語を延々として神判を選択するのは、そもそもエビデンスを出せないからだと解釈できるし、ローエングリンという存在は、自分の犯行を隠蔽してくれた味方ではあるのだが素性がわからないので不気味だし、(後からわかるが)殺害した弟と同じ格好をしているので自分が犯した罪を忘れさせてくれない存在でもあるので、禁問を発してしまうのも無理はないと思える。この演出の隅々まで理解できたわけではないが、私は初めて、エルザを合理的存在として捉える糸口が見つかったように思われ、知的に興奮した。
- 以上をまとめると、私のようにエルザが苦手な方にはぜひ見ていただきたい映像です。この演出が嫌いな方にも、演奏が抜群に良いのでお勧めです。映像を切って音声だけで楽しんでいただけたらと思います。なお、日本語字幕は、舞台の進行よりどんどん早く表示されてしまうのでおかしなことになっております(特に2幕と3幕はひどいです)。ドイツ語や英語の字幕に切り替えてみましたが、こちらは大丈夫でした。
第6位 イェフィム・ブロンフマン(ピアノ)、アンドリス・ネルソンス(指揮)、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
バルトーク: ピアノ協奏曲第2番、マーラー: 交響曲第5番
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- 2022年、ザルツブルク祝祭大劇場でのライブ。本ブログで取り上げている「白痴」の公演場所でもある。
- バルトークは圧倒的に素晴らしい演奏。この難曲を、ピアノもオケも、ライブで完璧に演奏している。とても人間業とは思えない。特にブロンフマンはおそらく当時64歳だと思うが、余裕綽々で弾いていらして、もうちょっと信じられない。以前にCDで出されたバルトークのピアノ協奏曲全集収録の演奏よりも肩の力がぬけて自然な演奏になっていると思う。この曲が好きな方には絶対に聴いてほしい。また、第1楽章のオケは弦が入らず、木管と金管と打楽器だけなので、ウィーン・フィルの管楽器の音色が大好きな方も存分に楽しめると思う。ピアノの録音がイマイチで、ややくぐもって聴こえるのが唯一の不満点。5.1チャンネルのサラウンドよりも2チャンネルのステレオのほうがピアノのくぐもり度が低いので、この曲は2チャンネルで視聴することをお勧めする。
- マーラーも名演。基本のテンポをあまり早くせず、主要なフレーズに細かくアゴーギクを付け、極めて自然に聴こえるようになっている。管楽器のソロっぽいところも即興性を感じさせるフレージングになっているところが多く、スポンテニアスで生き生きとした演奏と感じさせる。ウィーン・フィルの音色もいつものことながら絶品。今回、トロンボーンの音色の素晴らしさに初めて気づいた。ピアニッシモで弾くときの甘く柔らかい音に聞き惚れた。
- マーラーの第5番はともかく多種多様な要素があるので、本演奏がこの曲の全てを表現し尽くしているということはいえない。上記に書いたような美点は、逆にいえば、マーラー特有の強引な場面転換が強調されず、ごりごりした武骨なフレージング等もあまり出てこないということになるので、聴いていて幸せな気持ちになりつつ、ふと、例えばショルティの演奏が懐かしくなったりもする。しかしこの演奏にショルティを求めるのはもちろんおかしい。ショルティを聴きたければショルティを聴けばよい。私たちは、自宅にいながらいろんな演奏に簡単に接することができることを有難がるべきなのだ。
第7位 アンタル・ドラティ(指揮)、ロンドン交響楽団
アンタル・ドラティ・イン・ロンドン Vol.1
JAMC-2213
*下記写真には、29枚組のセットからブラームスのハイドン変奏曲が収録された盤をリンクします。
- この中の1枚をたまたまサブスクで聴き、あまりの音の良さと演奏の峻烈さに圧倒されたので、CDセットを買いました。まだ全部は聴けていませんが、ドラティらしい、きびきびと進めつつ時折大胆な解釈を披露する素晴らしい演奏の宝庫ですね。
- マーキュリーの盤に対してはなぜか偏見を抱いていて(きっと思春期の頃における最初の出会いが悪かったのでしょう)、雑味の多いいかにも初期ステレオの音というイメージがありました。それでずっと敬遠してきたのですが、いや、これは素晴らしい。ヒスノイズもゴーストノイズもほぼなく、鮮明な音を味わえます。もちろん現代のリアルなサウンドではありませんが、十分に楽しめる音ですね。原則としてマイクを3本のみ使用しているせいか、定位の良いこと!
- ドラティというと、ハイドン大好き人間の私などはハイドンの交響曲全集と声楽曲シリーズが印象に残っていますが、いろんなレーベルに録音している方なので、録音の全貌はなかなかつかめずにいました。このシリーズ(ロンドンシリーズ2、フィルハーモニア・フンガリカシリーズ、アメリカシリーズ1・2)をこつこつ聴いていけば、50年代から60年代にかけてマーキュリーに録音したものはほぼ網羅できるんでしょうかね? 予算が許せばチャレンジしてみたいです。【追記】その後、全部購入しました(一部は中古で)。10年計画で聴いていきます!
第8位 ユジャ・ワン(ピアノ)、セシル・ラルティゴー(オンド・マルトノ)
アンドリス・ネルソンス(指揮)、ボストン交響楽団
メシアン:トゥランガリーラ交響曲
UCCG45127
- 1949年に本曲を初演したボストン交響楽団による正規録音が76年もの時を経てようやく登場。メシアンとその直属ファミリーが関与していないと思われる、新世代の演奏。
- 日本盤(HQCDで、かつグリーンコーティングされているもの)を購入したが、それはそれは音が良い。昨年(2024年)にオーチャド・ホールでチョン・ミョンフン指揮東フィルの演奏を聴いたのだが、その生の音よりも良いと感じるくらいだ。
- 演奏は、とにかく巧い。そして、速い。もたったりつんのめったりすることがおよそなく、切れ味鋭いリズムがざくざくと刻まれる。聴いていてとてもスポーティな快感を得られる。これは悪い意味でいっているのではない。もっさりした演奏に70分以上付き合わされるのは苦行以外の何物でもないわけだが、本演奏はリズムの愉悦に存分に浸ることができる。リズムの遊びがもっぱら強調される「トゥランガリーラ第1」、「トゥランガリーラ第2」、「トゥランガリーラ第3」は本盤がベストではないか。
- ただ、官能性はあまり豊かとはいえない。宇宙的広がりを感じることもなかった。この2点は、どうしても、スローなテンポでないと実現できないと思う。その意味で、官能や悠久の時に焦点があてられる「愛の眠りの園」などは他の演奏の存在を意識してしまう。
- なお、普通ははっきり聴こえない音符がかなり聴こえてくるのだが、これには一長一短あり。解像度が高いのは勉強のためには良いともいえるが、情報量が多くて少々疲れたことも確か。もう少し整理してメリハリをつけてもらったほうが私にはありがたい。
第9位 秋山和慶(指揮)、東京交響楽団
ブルックナー:交響曲 第4番
OVCL-00866
*今のところAmazon Musicにはアップされていないようです。
- 秋山氏の指揮者生活60周年を記念して2024年9月21日に録音されたもの。氏は2025年1月26日に亡くなったので、今のところこれが最後の録音のようである。
- 完璧に整ったアンサンブルにより、澄み切った演奏が繰り広げられる。管・弦・打のバランスも完璧。アゴーギクも自然。この演奏を聴いている間は「ブル4はこれさえあればいい」と思え、幸福感に包まれる。
第10位 井上道義(指揮) 、群馬交響楽団
矢代秋雄: 交響曲、伊福部昭: 日本狂詩曲
OVCL-00871
- 矢代秋雄の交響曲の、演奏も録音も良い新盤がリリースされ、とてもありがたい。2025年10月には音楽之友社からポケットスコアも発売されて、これまたありがたい。
- 実をいうと私はこの曲はちょっと苦手で、メインの動機群そのものにさほど魅力が感じられず、その後もほぼそのままの形で執拗に用いられるので、肉のついていない骨だけを聴いているというか、西洋の現代音楽に学ぶ東洋の作曲家の習作というか、そんな印象を持っていた。しかし今回の秀演を聴いて、第3楽章の第2主題がメシアン風であることなど、「肉」の存在を強く認識させられた。ありがたいことである。ブックレットの解説(小室敬幸氏執筆)も、メシアンのトゥランガリーラ交響曲との関連性を指摘するなど、啓蒙性に富んだもので、勉強になった。
その他紹介したいアルバム
●フリードリヒ・グルダ (ピアノ)、ホルスト・シュタイン (指揮)、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ベートーヴェン: ピアノ協奏曲全集
PROC-2425
- 何度も再発されてきた名盤が新たにリマスタリングされ、SACD化された。これらの演奏を私はキング・レコードが販売していたころのCDで聴いてきたのだが、それらと比べるとずいぶんと解像度が上がった印象で、オケの音は塊にならずよくほぐれ、ピアノの音も鮮やかだ。特に注意しなくてもグルダの多彩なタッチの違いを感じとることができる。非常にお薦め。
- ただし、昔のキングのLPやCDの音が悪いという気もしない。これはこれでまとまりがあって落ち着いた感じの良い音だ。処分しないでおき、聴くときの気分に応じて取り出すディスクを選択したいと思う。
- なお、解説書には、本演奏にスタインウェイが使用されている可能性があると書かれているが、音を聴く限りはベーゼンドルファーだと思う。
● ボーダン・ワルチャル(指揮)、スロヴァキア室内管弦楽団ほか
ミヒャエル・ハイドン: 交響曲全集、管楽のための協奏曲集
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*今のところ全集はamozon musicにアップされていないようなので、単独でリリースされていた1枚のリンクを貼っておきます。
- フランツ・ヨーゼフ・ハイドンの弟、ミヒャエル・ハイドンの交響曲全集&木管楽器の協奏曲集。兄貴のファンなので、勉強のために購入した。せちがないこの時代にこのような全集を完成させてくれたスタッフ一同に感謝したい。
- 曲数が多すぎて、一度に全てを聴くことができないため、交響曲第1番、11番、21番、31番、41番(最後の交響曲)の5曲を聞いてみた。ブックレットの解説によると、第1番は1761年以前の作、第41番は1789年の作ということなので、少なくとも28年の歩みをざっと俯瞰できるという寸法だ。
- 聴いてみた結果、ちょっとびっくりしている。第1番や第11番は兄貴の初期交響曲(疾風怒涛時代以前の曲)とスタイルが似ており、21番はモーツァルトの中期交響曲(のうちイタリア・スタイルのもの)とスタイルが似ているが、似ているだけで、質はというと、ちょっと兄貴やモーツァルトと比較するのがかわいそうになる感じのもの。第31番や第41番ともなるとやや作曲上の引き出しは増えている印象だが、それでも曲のスタイルはモーツァルトの中期とさほど変わらない、非常にシンプルなものである。
- 弟については何も知らないのでまったくの直感だが、弟にとって交響曲は純粋に機会音楽であって、個性を発揮して誰かにアピールするためのもの(旅行中のモーツァルト)でもなく、上司とのコミュニケーションを楽しむ(疾風怒涛時代のハイドン)ものでもなかったのではないか。聴いていて、「ま、この程度でいいでしょう」という割り切りがあったように感じられてならない。
- というわけで、私にとってこのアルバムは、何度も引っ張り出して音楽と演奏を楽しむものというよりは、お勉強のための教材となりそうだ。いずれにしても、一定水準以上の演奏をしている団体(3つの演奏団体と指揮者が分担して録音している)には、曲を正確に音にしてくれたことに御礼申し上げる。
●ヴォルフガング・サヴァリッシュ(指揮)、シュターツカペレ・ドレスデン
シューマン:交響曲全集
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*Amazon Musicにリンクしていますが、本盤とは異なるマスタリングのものです。
- 定評ある名盤がリマスタリングされました。タワレコのリマスタリングはハイが強調されてきつい感じになることがたまにあり、心配していたのですが、杞憂に終わりました。とても良い仕上がりだと思います。ルカ教会におけるたっぷりの残響に包まれ、シュターツカペレ・ドレスデンのいぶし銀の響きが堪能できます。何度も再発されている演奏ですが、本盤は決定版といえるものではないでしょうか。ぜひ多くの方に聴いてほしいですね。
●仲道郁代(ピアノ)、井上道義(指揮)、アンサンブル・アミデオ
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20、23番
SICC-19086
- 井上道義氏が引退する直前に録音されたもの。ライブ録音ではなく観客がいないホールでの録音なので、SN比が良い。
- 井上道義氏のモーツァルトは、オーケストラ・アンサンブル金沢を指揮した交響曲第36、39、40、41番を聴いたことがあるが、ピリオド・アプローチを多くとりいれた、メリハリのある元気の良い演奏だったと記憶している。しかし今回の演奏は様子が異なり、それほどメリハリを強調していない。その代わり、フレーズ・セクションの繋がり・連関を意識した演奏になっているように感じる。
- 私のピアノの先生は常々「モーツァルトをライブでやるのは怖い」とおっしゃっているが、それは、フレーズ・セクション間に、飛躍やズレを生じさせている箇所が多いため、演奏途中で、次が何だったのかわからなくなりやすいからである。そういう作りになっているため、アーティキュレーションを短くとって息長く歌うことを避けたり、階段状のデュナーミク等を多用して急激な強弱の変化をつけたりするピリオド・アプローチとは相性が良く、フレーズ間の断絶を強調することによって曲の面白さが生きるわけである。
- しかし今回の演奏は、そのような派手な演出は極力避け、断絶ではなく繋がりを見出そうとしているように感じた。現代においてこのアプローチに挑戦することは大変なことなのかもしれない。しかし、何回か聴いた限りでは、仲道氏と井上氏のアナリーゼは説得力あるもののように思える。モーツァルトの、何というか、train of thought を追体験しているような感覚にさせてくれるというか。
- ピアノはヤマハのものを使用している。スタインウエイのようにきらきらした音色ではなく、やわらかくてウエットな音色。この音色が今回の演奏のアプローチにぴったりマッチしている。
- なお、CDに付属している安田和信氏の曲解説も、2曲におけるフレーズ・セクションの論理的繋がりを意識させる啓蒙的内容で、勉強になる。曲解説までが演奏の特質とマッチしている、良い製品だ。
●スティーヴン・ハフ(ピアノ)
ショパン: ワルツ全集(2024年新発見の「ワルツ イ短調」付き)
CDA68479
- 既発売のワルツ集に、2024年に発見されたイ短調のワルツを加え、再発したもの。
- ワルツというと、いくつかのワルツをつなげた接続曲とするのが普通ですが、新発見のワルツは24小節からなる1つのワルツのみで、リピートしても1分に満たない短い曲です。しかし Jeffery Kallberg 執筆のライナーノーツによると、これはスケッチでもなく、未完のトルソでもなく、ちょっとしたプレゼント用に作曲した(が結局プレゼントしなかった)完成品である可能性が高いとのこと。冒頭からクロマティックな進行をしたりしてなかなかドラマティックな曲です。
- ハフの演奏は、自然なアゴーギクやルバートを用い、ドラマティックな曲調にふさわしいもの。リピート時には表情を変えており、変化を楽しめます。この曲を紹介するにふさわしい演奏ではないでしょうか。
- この新たに追加された曲のみ、録音が秀逸。残響を抑えめにし、直接音を主体にしつつ、ダイナミック・レンジを豊かにとって、ピアノ演奏を家庭で再現する喜びを味わせてくれます。これに対し、2010年に録音された既出の部分は、残響をたっぷりとり、そのせいかダイナミック・レンジを狭くとったもの。少なくとも我が家では、ヴォリュームをちょっと上げるとすぐ音が飽和し、演奏者が本来表現していたはずのデュナーミクを十分に感じられず、いまいち。この際、ワルツ全曲再録音というのはいかがでしょうか。
- ちなみに、2010年録音も2024年録音も、ピアノはヤマハのCFX。2024年のほうがヤマハらしさをリアルに感じられます。
MV: Chopin: Waltz in A Minor "Morgan Library & Museum MS"
●キム・ソヒョン(ヴァイオリン)、ホン・ソユ(ピアノ)
グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第3番、ヴィエニャフスキ:グノーの歌劇「ファウスト」の主題による華麗なる幻想曲、ショーソン:詩曲、クライスラー:ウィーン風小行進曲・シンコペーション・ラフマニノフの《パガニーニの主題による狂詩曲》より第18変奏
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- 最近K-POPにはまっているのですが、韓国のクラシックにはほとんど触れたことがなかったので、本盤を試しに聴いてみました。日本のNHKに相当する韓国の公共放送局が韓国の若手クラシックアーティストを紹介するシリーズです。2024年の第一弾ということですが、日本盤はやや遅れて2025年5月に発売されました。
- おそらく録音時は16歳で、下にリンクを貼った長時間のインタビューを聴くと年齢相応の少女らしいしゃべり方をしていますが、演奏は実に堂々としたもので、素晴らしいです。第一に、名器グァダニーニによる、低音から高音までむらの無い音色がとても美しいです。第二に、超絶技巧を駆使したヴィエニャフスキとショーソンも収録されていますが、いたずらに技巧誇示の演奏にはなっておらず、なぜその場面においてその技巧を使ったフレーズになっているのかにつき解釈をしっかりして演奏に臨んでいることがうかがわれる、しっかりした演奏になっている気がします。たとえて言うなら、美声を持ちながらもその声を誇示することなく曲のリアリゼーションに奉仕させるエリー・アメリングのような演奏ですかね。第三に、伴奏との息がびったりで、わずかのリズムのずれもないアンサンブル(といっても決して機械的ではありません)は生理的に心地よいです。
- さらに、録音がとても素晴らしいです。前面にヴァイオリンを出し、やや奥にピアノ(スタインウェイ)を置く自然な配置で、ダイナミック・レンジを広くとりつつも、大音量になっても音が飽和せず、音楽そのものに集中できる録音ですね。
- 日本盤にはライナーノーツの翻訳が付いています。このライナーノーツが面白くて、曲の解説にちょっとしたユーモアが散りばめられていて楽しいです。ぜひ一読を。
- というわけで、広く聴いてみてほしい、推しの一枚です。
MV: KBSクラシックFM「2024韓国の若いミュージシャンたち」アルバム特集 - 未来の響き(2)ヴァイオリニストキム・ソヒョン2024.12.12.
●ヴォルフガング・シュナイダーハン(ヴァイオリン)、ルドルフ・バウムガルトナー(指揮、ヴァイオリン)、ルツェルン祝祭弦楽合奏団
J.S. バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1,2番、2つのヴァイオリンのための協奏曲
UCCG-41210
*今のところAmazon Musicにはアップされていないようです。
- 再発盤ですが、Ultimate Hi Quality CDであり、グリーン・カラー・レーベル・コート仕様にもなっているため、音質に期待して購入してみました。期待通り雑味が感じられない滑らかな音で大満足です。
- シュナイダーハン率いるルツェルン祝祭弦楽合奏団の結成後に初めて録音されたものですし、2つのヴァイオリンのための協奏曲では子弟が共演していますし、もっと話題にされてよいディスクだと思います。
- ルツェルン祝祭弦楽合奏団のアンサンブルはきっちり整っており、結成当初から高レベルであったことがよくわかります。
- 1956年および1957年の録音なので、当然、現在の主流であるピリオド楽器による演奏のような、アゴーギクを自在にきかせた伸びやかな演奏ではありませんが、中庸のテンポにより、主として強拍にアクセントを置きつつ、細かなクレッシェンド・デクレッシェンドと、スラーを多用しない明快なアーティキュレーションの合わせ技により、窮屈さをあまり感じさせない演奏になっております。2つのヴァイオリンのための協奏曲も、2人の個性を競うタイプの演奏ではなく、きっちりとフレージングを合わせて形を整えています。聴いていて気持ちがよくなる演奏ですね。










